大原美術館と25年ぶりの「琥珀の女王」

 大原美術館は、日本で最初の西洋美術を中心とした私立美術館として、1930年に開館しました。1929年に亡くなった洋画家児島虎次郎の業績を記念するため、実業家大原孫三郎によって倉敷に設立されました。当初の所蔵品は、大原孫三郎の委嘱を受けた児島虎次郎が、主として1920年代に欧州で収集した作品や、エジプト、中国、朝鮮半島の古美術などと、児島虎次郎の代表的な遺作でした。
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大原美術館本館入口

 玄関には両脇にロダン作「洗礼者ヨハネ」と「カレーの市民 ジャン=デール」のブロンズ像があります。


 展示館は、本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館の4つに分かれています。全ての作品をゆっくり鑑賞したい場合は最低でも2~3時間が必要だと思います。私は、倉敷初日(PM)に児島虎次郎記念館、2日目(AM)に本館、分館、工芸・東洋館とまわりました。
 なお、入館料は4館の共通券のみで一般1300円、大学生800円、小・中・高500円です。
 また、以前は写真撮影可能な時期がありましたが、現在は残念ながら写真撮影禁止です。

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共通入館券


本館:西洋近現代の絵画と彫刻
 大原美術館のすばらしさは、児島虎次郎が実際に世界各地に足を運び、自身で見て交渉して収集してきたコレクションに尽きます。

 大原美術館を鑑賞していると、作品のすばらしさだけではなく、あの時代によくこのような作品が収集できたものだと感動します。日本からフランスまでいくのに最低でも1か月以上かかる時代ですから。また、児島虎次郎が第一級の作品を収集したのは、自分や大原孫三郎のコレクションのためではなく、日本の人々にそのすばらしさを紹介することが目的でした。児島虎次郎にも大原孫三郎にも感謝です。

 入り口正面に展示されている児島虎次郎の「和服を着たベルギーの少女」に挨拶をすませ、西洋絵画の展示室へ。

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児島虎次郎「和服を着たベルギーの少女」(大原美術館図録より)
1911年パリのサロン・ド・ラ・ソシエテ・ナショナルに出品して入選しました。


 児島虎次郎による最初のコレクションのアマン=ジャン「髪」やエル・グレコの「受胎告知」をはじめ、モネ、マティス、モディリアーニなどの優れた作品が鑑賞できます。

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エル・グレコ「受胎告知」(リーフレットより)
聖母マリアのもとに大天使ガブリエルが現れ、イエスの受胎を告げる場面が描かれています。


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モディリアーニ「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」(リーフレットより)
モディリアーニは35歳の若さで亡くなっています。ジャンヌはモディリアーニの妻です。
 

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クロード・モネ「睡蓮」(リーフレットより)


分館:日本の近代洋画から現在
 
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大原美術館分館


 分館のコレクションは大原孫三郎の息子である大原總一郎が父の遺志を引き継ぎ収集した作品です。岸田劉生、小出楢重などの日本の画家の作品や現代美術が展示されています。

 私が、最も印象に残ったのは関根正二の「信仰の悲しみ」です。関根正二は、15歳頃出会った洋画家などの影響を受け、独学で絵画を学び、16歳で二科展に入選します。19歳の時に二科展に出品した「信仰の悲しみ」が樗牛賞に選ばれますが、翌年結核により二十歳の若さで亡くなりました。一瞬の輝きを大正時代の美術に足跡として遺した若き天才です。

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関根正二「信仰の悲しみ」1918年(リーフレットより)


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岸田劉生「童女舞姿」(リーフレットより)
わが道を行く岸田劉生は、大正時代の先鋭的グループをリードする存在でした。



工芸・東洋館:日本民芸運動に関わる作家の作品・東アジア古代美術品
 ここの展示では、私の興味はもっぱら棟方志功の板画(版画)です。大作が数多く展示されており、見ごたえがありました。

 
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棟方志功「鷹持妃板画柵」(リーフレットより)



 さて、 倉敷美観地区には25年ぶりに訪れました。そして美観地区にある珈琲館で25年ぶりに「琥珀の女王」を注文しました・・・妻にはリキュールが強すぎるようでしたが、私はこの濃厚な味が忘れられません。

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25年ぶりの「琥珀の女王」(倉敷珈琲館にて)



 なお、 児島虎次郎記念館については別の記事で紹介したいと思います。

大原美術館 → 公式Webサイト


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